野田市小4女児虐待死について~あべりょうの『スカイダイビング中のインストラクターの裏切り』に思いをはせる

千葉県野田市で小学4年生、10歳の少女が酷い虐待を受けたうえ、死亡した。
少女は自ら学校のアンケートで父親から暴力を受けていることを告白し、その後児童相談所に一時保護されていた。しかし、「家庭で養育可能」と判断され、再び家に帰され、実の父親に殺された。
そして事件後、教育委員会がこの父親に恫喝されて、少女が父親からの暴力を告白したアンケートのコピーを渡していたことが発覚。『虐待に拍車をかけた』『我が身可愛さに少女を売った』等、日本中から批判が巻き起こっている。

このような虐待事件が報道されるたび、私の脳裏にはある曲が流れる。
それは、あべりょうという歌手が作った、『スカイダイビング中のインストラクターの裏切り』 という曲だ。

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あべりょうの『スカイダイビング中のインストラクターの裏切り』とはどのような曲か?

2017年の4月頃から突然youtubeの広告に現れた曲である。広告なので最初の数秒は強制的に視聴させられることになるのだが、冒頭からかなり直接的な表現を使って、児童への虐待の実態を歌い上げている。
一見ほんわかしているのにおぞましさを感じさせる絵と相まって、多くの人に衝撃を与えた。非常に不愉快という声も多数上がった。

なお、youtubeで現在でも視聴可能だが、相当にショッキングな曲なので、視聴するに当たっては覚悟をした方が良い。

以下、歌詞を引用

スカイダイビング中のインストラクターの裏切り  あべりょう

性的虐待4つの被害は見られて触られ入れられ売られ
100人に1人女の子の膣 実の父親の挿入歌
性的虐待被害女児の数5万人超えで通報千人
通報されても逮捕は百人
刑務所行くのは15人
スカイダイビング中のインストラクターの裏切り
スカイダイビング中のインストラクターの裏切り
キミが自分のコトを大切だと思えない訳はコレだよ
キミの背中のメインパラシュートが開かない
親が子供のコトを大切だと思えない訳もコレだよ
キミの背中の予備のパラシュートも開かない
開かない
はげしく揺さぶり
やけどを負わせ首を絞められて溺れさせられ
家に閉じ込められる食事を与えず
自動車の中に放置する
児童虐待の被害者の数は百万人越え
通報10万通報されても逮捕は千人
誰も刑務所に行きません
スカイダイビング中のインストラクターの裏切り
児童虐待防止法の裏切り
キミがどんなに虐待通報ダイヤルにかけても無駄だよ
長すぎる音声ガイダンス待ちくたびれる
例え児童相談所が現地を訪問したとて無駄だよ
児童相談所は滅多なことで保護しない
例え虐待が証明されても親は刑務所に行かない
児童虐待防止法 罰則規定がない
救えない

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この曲への批判と、あべりょうが本当に訴えたいこと。

この曲では『児童虐待防止法の裏切り』や『虐待通報ダイヤルにかけても無駄だよ』というフレーズが登場し、一見すると児童虐待防止法をただ批判し、通報が無意味だと主張しているように見える。しかし、動画の最後、画面には大きく、『もしも虐待に気づいたら児童相談所に連絡を』という言葉が表示される。
それに対して、『意味が分からない』『通報しても無駄と言いながら通報しろとは矛盾している』といった批判が多い。

しかし、違うのだ。ちゃんと聞いてほしい。この曲が言いたいのは、こういうことなのだ。
一般の人々は、虐待は発見して、通報さえすれば解決すると考えている。しかし、実態はそうではない。通報されても子どもは簡単には保護されず、親が裁かれることは少ない。
そして、近隣住民が通報すれば…と安易に言うが、実際に通報するのはハードルが非常に高い。つまり、現行の児童相談所を含めた虐待解決のためのシステムは大いに不備をはらんでいるのである。
しかし、それを踏まえてもなお、虐待に気付いた周囲の人間が児童相談所に通報するしか、解決方法がない…そんな現実をこの曲は歌っているのだ。

歌詞を解釈していく

スカイダイビングとパラシュートが示すもの

タイトルにもなっている『スカイダイビング中のインストラクターの裏切り』これは虐待の比喩である。
スカイダイビングなんて正しいやり方を知らない人がほとんどだ。そのため、スカイダイビング体験中にインストラクターに裏切られでもしたら、パラシュートの開き方も分からないし、どう着地していいかも分からない。大けがするどころか、死んでしまうだろう。
児童虐待も同じだ。本当だったら愛情を注ぎ、生き方を教えてくれるはずの家族から虐待行為を受けてしまえば、心身に傷を負い、歪み、最悪生き延びることが出来ない。

キミが自分のコトを大切だと思えない訳はコレだよというフレーズは虐待を受けたが故の、自己肯定感の低さを示している。

この歌詞が示す『パラシュート』は子どもの安全を守り保護する存在、そして社会のセーフティーネットワーク(安全網)を表している。
キミの背中のメインパラシュート 』とは言わずもがな、親や家庭のことである。
では、スカイダイビング中にメインパラシュートが開かなくなってしまったらどうするか。当然、『予備のパラシュート』にすがるしかない。『予備のパラシュート』とは、家庭外の学校・地域・児童相談所と言った、親の次に子どもを守ることのできる存在である。
しかし、 『キミの背中の予備のパラシュートも開かない 』…。
野田市の小4女児は、学校に対して自身の受けている被害を訴えた。彼女は予備のパラシュートを開こうとしたのだ。
しかし、そのパラシュートはしっかりと機能しなかった。そして彼女は死んでしまった。

そしてあべりょうは更に切り込んでいる。予備のパラシュートが開かないことについて『親が子供のコトを大切だと思えない訳もコレだよ 』と。
児童相談所等のセーフティネットワークが機能不全を起こしているからこそ、親が子を愛せないと言えるのだと。
もちろん、例外も多いが、貧困であったり、親自身も虐待を受けて育っていて、病んでいる…といったことが虐待の温床になりやすい。社会福祉がそれらを見落とさなければ、親が子に愛情を持てず、虐待に走ることを減らせるのではないだろうか。

現行の児童虐待防止法や、児童相談所の構造が持つ欠点

今回の野田市の様な事件が起こると、児童相談所、警察、 被害児童の通っていた学校、教育委員会、そして近隣住民が批判にさらされる。
しかし、各機関の職員個々人の怠慢というよりは、各機関・地域で情報共有できていなかった、連携出来ていなかったといった、既存の児童虐待防止法や児童相談所の制度や仕組みの不備・欠陥が原因と言えるケースの方が多いのである。
(しかし、今回の野田市のケースは明らかに教育委員会の対応がおかしい。自身が虐待親からの恫喝の恐怖から解放されたいがゆえに、小4女児を売ったとも言えるのだから)

児童虐待防止法自体に罰則はない

この曲ではっきりと歌われているように、児童虐待防止法それ自体に罰則はない。暴力にしろ、性的虐待にしろ、ネグレクトにしろ、現行の刑法の罰則を適用すれば良いという考えだからである。
では、この法律が一体何を定めているのかというと、虐待の定義だったり、特定の職業の者(学校や医療機関)に対して、『発見して通報するように努めて発見したら通報して下さい』といったものであったりする。あとは児童相談所の家庭への介入の仕方だったり、児童の保護の規定が細かく綴られている。
虐待を発見したにも関わらず通報を怠り、意図的に見逃したりしても罰則はない。

児童相談所や警察は救えないのか

はっきり言って、世間が想像しているより、児童相談所も警察も、家庭へ介入する権限が弱い。
児童相談所は、基本的にいきなり踏み込んで保護なんて出来ない。通報・相談を受けて情報収取して、家庭訪問して…といった手続きを踏む必要がある。
例え児童相談所が現地を訪問したとて無駄だよ
児童相談所は滅多なことで保護しない

そう、歌われているように。そして今回の事件の様に、親が猫を被って反省したふりをしていれば、その保護だって簡単に解除されてしまう。

一方、警察は民事不介入の原則があり、よほど分かりやすい事件性がない限り、なかなか家庭に立ち入ることはできない。また、児童福祉法、児童虐待防止法を見れば分かるのだが、警察に一時保護の判断の権限はない。
そして、現状児童相談所と警察間で情報共有はあまりされていない
(自治体によっては情報共有についてかなり積極的に取り組んでいるところもある。しかし、そうした自治体はまだまだ少ない)。
警察も児童相談所も、虐待の現場に駆けつけて、正義のヒーローのごとくドアを蹴破って救出する…なんてことは出来ないのである。

児童相談所への通報のハードル

そして、痛ましい事件が起きるたび、「近隣の人間は何をしていたのだ!!虐待に気付いていたはずだろう!!」という声が必ず上がる。中には近隣住民への嫌がらせに発展するケースもある。しかし、無関係な人ほど簡単に言うが、実際に通報するのは非常にハードルが高いのである。
「もしかしたら勘違いかもしれないし…」「勘違いだったら迷惑をかけてしまう、嫌な思いをさせてしまう」「通報がばれて、恨まれて嫌がらせされてしまうかも…」そんな不安が胸をよぎるだろう。
そして、仮に勇気を振り絞って通報したとして、この曲にあるような『長すぎる音声ガイダンス』に待たされ続けてくたびれてしまったら…
諦めて電話を切ってしまう人は少なくないのかもしれない。

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私達一般人にできることは何か

以上の様に児童虐待防止法や児童相談所等、現行の社会制度では虐待を受けている子供を救うことは難しい(少しずつ制度は改正されてきてはいるが)。
しかし、今回の様な事件を減らすには、こういった事件や現実から目を背けず、少しでも制度が改革されるよう世論を後押しし、やはり地道に発見・通報していくしかないのである。

最後に、あべりょうとはどういった人物なのか

この曲を作ったあべりょうについては謎が多い。
普段は政治ネタを中心に、左翼も右翼もおちょくった、不謹慎な曲を作っている。この人自身の政治的な、社会的な立ち位置はちょっと分からない。
しかし、いくつかの曲で、児童虐待に対する強い怒りを垣間見せている。
よく分からない人物だが、児童虐待が無くなるよう真摯に願っている事だけは確かだと思える。

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